海野車体工業業務日誌
平成14年9月分(一部八月)
〜換言すれば「長楽寺鶴川のうだうだ日記」〜


[ 新学期 ]
 昨夜…というか今朝は,なんだかんだ言って香川人とチャットを朝の5時近くまでやっていた。しかし,今日はもう学校がある。2限からなので一応時間それなりの余裕はあるが,それでもこの時間だと寝過ごす可能性が高い。とはいっても,徹夜するほどの気力は最近持っていないため,気合をいれて寝ることにする。なんとなく寝起きに風呂に入りたかった気分なので,目覚ましを7時半にセット。これでばっちりである。
 で,こうやって気合を入れて寝てる時に限って,逆に芯まで寝てしまい,起きたら時間ギリギリだってことが良くあるのである。今日もそのご多分に漏れず,かなーり深くまで睡眠していた。しかも,夢まで見てやんの。
 その夢の内容がまたアレで,まぁ,ハナシを要約すると「もう少しで廃線になるローカルバス路線と,それと同時に廃車になる予定のその路線専用のバス,それを巡るちょっとしたオハナシ」。まぁ,「それだけで分かるかヴォケぇ」との突っ込みが入るのは確実だが,それはいいとして(を。まぁ,廃線前の路線には割と何処にでも転がっているような,昔からそこを走っている乗務員氏と嘗てそこの近くの車庫でバス洗いのパートをしていた近所のオバちゃんと,ひとりの飛び入り客が織り成す,ちょっと哀愁の漂ったやりとり。そんな感じ。
 ってーか,これ,高校時代に地元の団地路線が広電から第一タクシーに移管される前に体験した情景がほぼそのままだったりするわけだが(笑)。ただまぁ,この夢の場合,舞台が「広島」ではなく「海鳴」,路線が「上安駅〜高取団地」ではなく「高台〜月守台」,廃車になりそうなバスが「日野P−RR172CA(広電20510号車,但しこの車はこの時は生き延びた)」ではなく「いすゞK−CQA520(いすゞのモノコック用シャーシに日野のスケルトンボデーを載せた「相の子車」,広電の西工58MCなCQAの日野車体verと考えれば分かりやすいだろう・海鳴バス所属)」,ひとりの飛び入り客が「ワシ(まだあの頃はあまりバスを使って山を登っていなかったのだ)」から「こいぬ系なおぜうさん(名は秘す)」に代わってるというだけで…
 これが甚八だと,「あぁ,でむぱでむぱ」とかいってちょいとしたオハナシでも書くのだろうが,ワシは書かない。文章力ないしたいぎいし,そもそも書いたって面白いモノにはなりそうもないし。まぁ,考えるだけはタダって奴ですな。
 ってな感じでいい具合に(まだ辛うじて残っているのかもしれない)読者を置き去りにしたところで,日記開始。
 
 今日あたりから,いよいよ本格的に学校が始動である。学期はじめなだけあり,授業に出てる人の数が多い多い(笑)。でも,恐らくこれもあと2,3回のもんなんだろうなぁ…
 今日あるのは商法総則の授業だけだが,法学系の授業ではいつも一緒に受けている友人と,1ヶ月以上ぶりに話す。とはいっても,この授業でアナウンスされていた「10月に模試やるよ〜」ということについて「あー,めんどくさいなぁ」とか話してただけなのだが…彩りもクソも無く,まぁエエ具合に殺伐としているが,まぁこんなもんだろう。
 うにゅーっと授業を受けていると,暫くしてそれが終わる。昼飯を食ったら,もう今日の授業は無いので,帰るだけである。
 帰る途中に代々木上原駅に行き,定期券を買う。3ヶ月で24000円ちょっと,まぁ痛い出費ではある。しかし,日にちで割ると,この数字は随分と控えめである。学割定期の恐ろしさという奴か。学割まんせーっ。
 定期券を買って微妙に時間をツブすが,そんなものでは当然昼の余りまくってる時間を潰す事ができるはずも無く,仕方ないので町田に行き,嘘地図屋に行く。そこで前々から予約しようとしていたが,ずっと忘れていたゲームの最後の予約券を発見,予約する。ただ単にI'veのマキシシングルがついてくるかっていう理由での予約なんだが,これでまた一つ「曲のために買ったゲーム」が一つ増えることに…あれまぁ。  ま,いつもの事か。
平成14年9月18日(水)

[ 日記 ]
 チャットにて匿名希望さんに「長い日の日記つまらん」といわれる。まぁ,当然だろう。日記が長い時ってのは,大体「昨日何があったかおーぼえとるかなー?」程度の気持ちで書いているのに過ぎないのであって,別に「読んで楽しいか」とかはこれっぽっちも考えた事はないのである。「読みたいんなら読めば」,これがこの文のスタイルである。”体験”とは大違いである。
 でもまぁ,こんな日記でも一応読んでくれている人はいるらしい。そういう物好きで暇人な律儀な人にずっと報いないというのも,まぁ申し訳ないとは(ほんのちょびっとだけ,雀の涙ほどは)思う。なので,今日は短くて内容のある,読んで面白い日記にしようと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 体験EVA,フライング更新,なーのでーすよー♪
 
 
 
 面白かっただろうか。
平成14年9月17日(火)

[ おでかけ ]
 昨日の晩…というか,今朝の超早朝は,チャットをやっていた関係で3時過ぎ就寝だった。普段ならこのタイミングで寝るとまずもって昼起きなのだが,何があったか,珍しく7時半に目が覚める。なんてこったい。
 ウチの実家の朝は早い。何故かって,それは犬がいるからである。ウチの犬,ウェルシュ・コーギー・ペンブロークとかいう種類なのだが,これがまた,元気な犬で…只今確か3歳位だったと思うのだが,まぁなんというか…朝の5時くらいには「散歩ぉ〜,散歩ぉ〜っ!」ってな感じで吠え出すのである。耳元で目覚ましが鳴っても起きないワシならとにかく,ウチの親はワシほど非常識的な設計にはなっていないので,つられて生活サイクルが早くなってしまうのである。あぁ,なんて健康的。
 っつーコトで,ワシがいつもより”多少”早く起きたところで,朝飯はとっくに終わっているのである。嗚呼。
 というよりも,「想定外に早く降りてきた(ワシの部屋は2階なのだ)でっかいの」をみて,吃驚している親二人。あんたらな…って,これはまぁ自業自得か,ちくそ。
 で,いちおパンだけは親の朝飯と一緒に用意してあったらしいので,手っ取り早くそれをパクつく。パンを齧って新聞を適当に眺めてるとかーさんが飯を持ってきてくれる。一人暮らしではまずもって体験できない瞬間である。
 「を,さんきう」と言いつつソレを受け取り,もぞもぞと食らう。そこに,かーさんが一言。「あ,今日はおばーちゃん連れてどっか行くけんね」。
 …ほぇ?昨夜,そんな話してたかいの?
 普段,ウチがばーちゃん(ウチで「ばーちゃん」いう時はまず確実に母方のばーちゃん)なりじーちゃん(この場合もまず確実に父方のじーちゃんを指す,母方のじーちゃんは井口という所に住んでいるので,大体「井口じーちゃん」という)を連れてどっか行くときは前日に電話で連絡を入れるはずなのだが…まぁ,珍しい事もあるもんである。でもま,散歩終わって朝イチで電話かけたとかいうから,別に構わないのか(ばーちゃんちにも犬が居り,同じく朝は早いのである)。
 朝飯をかっ食らい,適当に準備カマして,家を出る。車でばーちゃんちに向かいながら一応の行き先候補を幾つか考えてみる(最終決定はばーちゃんに任せるのだ>それで決まらない時は「行き当たりばったり」>だからどっか行くときは大体迷う)。結局浮かんだ候補は,福山の「みろくの里」か,島根にあるとかいう大きな水族館(名前忘れた,島根の人スンマセン)。でもま,かーさん曰く「あの人,別に魚見てもどーもないだろうし…」って人なので,この時点で珍しく行き先決定みたいな物なのだが…。
 逆に,「みろくの里」ってトコに何があるのかというと…まぁ,なんだかんだ言って,つまるとこ普通の「田舎遊園地」なのだが,その中に昭和の町並みを再現したとかいう「いつかきた道」っていう常時展示の設備があるとかで,まぁそれ目当てに行ってみようということである。よーするに,早い話「ラーメン博物館」みたいなモンである。
 「泳いでる魚」か,「ラーメン博物館の建物の方増強版」か,ばーちゃんのお答えは…どっち?
 「別に泳いどる魚見てもねぇ…お刺身にするわけじゃなかろうし」
 ………なんでここまで予想通りや。
 ってな訳で,みろくの里にケテーイ。西広島バイパスから沼田に上がり,五日市IC経由して山陽道。福山方面にGO!である。因みに,山陽道に入ったときの時刻が確か9時ちょっと位,ウチにしては驚異的な早さである(大体いつも「早く出る」とかいって結局10時過ぎになったりするのだ)。
 とりあえず,途中まではワシが運転し,山陽道途中の三原久井PA(だったっけ?)で,とーさんと交替する。理由は単純,みろくの里ってトコに,まだ一度も行った事が無いからである。いちお,テロ一周年記念と同時にわかばマーク(…なんかこの表現嫌やな)が取れたワシであるが,これでもまだ「初心者に毛が生えた程度」なのである。そういう奴が若葉マーク無しに走ってるんだから,まぁ怖いわなぁ(を。「初めてのところはとーさんが運転」っちうのが,ウチのルールになっているのである。
 で,ここからが問題なのだが…とーさんが運転する時にどっか行くと,初めて行く所の場合はまず確実に迷うのである。…いや,「初めて行く所」限定じゃないか,何時ぞやは中国縦貫道に行くのに,五日市ICから入ったはいいものの,何故か広島JCTをそのまま通過しちゃって,結局三陽自動車道広島IC(よーするに五日市から一区間)ですごすごと降りる…というコトをやらかしてたもんな。。
 ということで,今回もかーさんが後席で「今回は何回迷うかなー?」とか「縦貫道に入ったんよねー」とかのたもうとられる。助手席でワシがうはははと笑い,運転席でとーさんが「いじいじ」といじけながら,車は進むのである。
 で,そんな感じで道を進んでいたら,何時の間にか到着していた。一回も迷わずに。まぁ,途中に看板が出ていたので,それで迷えた方が天才だとは思うのだが(あ,それでも前どっか行くときに迷ってたな),それにしてもまぁ…ある意味「奇跡」に近いものがあるのではないだろうか,これは。
 で,入口から駐車場に入るのだが…その時初めて看板を確認したらしいかーさんが,みろくの里のキャッチコピー(っつーのか?)を見つける。「アレなんて書いてあるん…って,何ね,『三世代テーマパーク』って」。
 …………。
 素晴らしいセンスである(笑)。
 車を駐車場に放り込み,とっとと券を買って入る…のだが,ここで一つ看板を見る。「期間限定,65歳以上の方は無料」「ご家族の方も団体料金で」。となると,本来「大人4人で800円×4=3200円」が,ばーちゃんは無料で家族3人の団体料金で2100円。その差,1100円。
 みろくの里,偉い。この時点でウチ的がかなり評価が上がる。
 で,お目当ての「いつかきた道」であるが。まぁ,それなりに良かったのではなかろうか。作り物の昭和30年代ってことで,ラーメン博物館みたいなモノかと思っていたら,案外「当時その時代を生きてた人から見てもそれらしい」ものだったらしいし。まぁ,どっちにしても「薫り」には違いは無いのだが,それはそれとして。何だかんだ言って結構「むかしばなし」が好きなばーちゃんが,矢鱈喜ぶ。喜ぶのはいいが,ついこの間まで足が悪いとか言ってた筈なのだが,どーなったんだ…って思ったら,やっぱし途中でダウン。うーむ…
 途中に飯を食えるところがあったので,休憩がてら飯を食らう。すると,とーさんが「おい,これ」とか言いつつ,車の鍵をこっちに投げる。んで,何買ってるかというと,ビール。…アレ?貴方帰りの運転は?「お前運転できるじゃろ」。
 ……いやまぁ,ええんやけどね,そら。。
 飯食らって休憩して,そしてまた続きを見て回って(B10サニーだのスバル360だのが飾ってあった),みやげ物を漁って(これはかーさんとばーちゃんだが),家路につく。運転は,とーさんがアルコール飲んでるので,ワシである。
 とはいってもまぁ,別に何が起こる訳でもなく,ふつーに山陽自動車道を西に戻るだけ…と言いたいところだが,最後の最後,広島東ICを過ぎた辺りで,急に土砂降り。バケツをひっくり返したような雨が降ってくる。普通,速度制限50km/hになっても交通の流れは精々80くらいにしか落ちないのだが,余りにアレだったせいか,ほんまに交通の流れが50くらいになる。で,そのままトロトロと五日市ICまで行き,ばーちゃんを送っていく。最初ほどの勢いは無いが,それでも家に帰り着くまで結局ずーっとそれなりの雨足で降りっぱなしだった。
 で,ここで13日の日記を,根性の座っている人は見返してもらいたい。乗車メモの1650時の項を見ると,ほら…ね。あぁ,どうするべさ…カサを忘れたコトに車が出て気付く  仕方ないので,再び関東に下向する時の傘は,嘗て中3の時まで使っていた傘を引っ張り出し(っつーかなんで今だにこんなんがあるんだ),それで代用する事にする。…ま,使えるし,いっか。
 晩飯では,刺身とおでんを喰らいつつ,家族で日本酒を飲む。なんか,3日連続で飲んでるような気がするのは気の所為か。。まぁいーや。
 そんな具合でいい感じに酔っ払った状態で,タクシーを呼び,中筋駅まで連れて行ってもらう。酔っ払いを見送る酔っ払い二人…第一タクシーの運転手さん,一体どんな目で見てたのだろうか。。
 中筋駅でバスを待つと,4分遅れでバスがきた。車は…中国バスの,日野セレガGD。ワシが一番好きなバスである。
 ……やたぁ,なんか久々。
 メイプルハーバーにしては珍しく少ない乗客数(とはいっても空席6つくらいだったか)なので,席を力一杯,目一杯倒す(人がいると案外やりにくいものなのだ)。すると,段々と眠くなってきて…じきにうとうとと始める。
 外は相変わらずの土砂降り,山陽道はなんか広島東ICの手前で渋滞してる,でもそんな事はどーでもいいんだ,ワシは眠いんだーい。って事で,寝る。おやすみなさーいっと。
平成14年9月16日(月)

[ バスかーにヴぁる ]
 今日は広島バスまつりであった。今年で四回目である。第一回と第二回は参加したが,去年の第三回は関東に下っていたために,参加できなかったのである。
 で,バスまつりである。
 この催しでは既に恒例となっている「廃車バスからの部品もぎ取り」であるが,これで部品をゲットするためには,朝早く並んで券をゲットする必要がある。と言うことで,今日は早く行ってその券をゲットするつもりだったのだが…
 いちお,開場30分以上前には着いていたのだが…既に人がそーとー並んでやんの。ってことで,券ゲットできず,うぐぅ。
 今回の廃車バスは,恐らく芸陽バス最後のモノコックバス,昭和57年式の日野K−RC381であった。個人的には広電市内線最後の56年式日野K−RC301(3081号)が出るのではないかと危惧していたのだが,何とかそれは逃れたようである。取り敢えずは一安心。
 一応,この芸陽バスも中学の時に一回だけ乗ったことで印象に深いのではあるが,広電3081号ほど『自意識の海』に叩き込まれそうな程の印象は無いので,かなーり安心して写真を撮りまくる。その数,この車だけで恐らく50枚くらい(笑)。。これで,日野モノコック路線車の最終モデルの詳細部分がかなり解明された。今後のバス側面図に生かされる…と思いたい。
 で,今回はもぎ取りバスが2台用意されており,もう一台は広電の松江線(グランドアロー号)用に導入された,日野ブルーリボングランデッカ(4522号車)であった。年式は元年なのでまだそれなりに新しい…筈なのだが,中国道の塩害によるサビが酷く,外板は既にボロボロであった。エンジン左横のルーバが開いているリッドなんか,サビでそれ自体が浮き上がり,外側に捻じ曲がっている始末。右側後ろの非常口も,アクリル板の周囲の鉄板がサビでボロボロに崩れ,辛うじて周囲をテープで止めて落下を食い止めているという状況。当然,トランクリッドの上の側板も,下端がボロボロに崩れ,上からリベットで鉄板を打ち付けて体裁を整えているという状況。第二回の時のもぎ取りバスがこの車と同時期に入った同型式車(日野P−RU638BB)だったのだが,大阪線を走行していたこの車もまた,負けず劣らずズタボロな状況だった。走行条件はほぼ同じで,あれから更に2年間走行を重ねていたのだから…まぁ,ここまでボロボロになるのも,理解は出来る。でも,それにしたって…ねぇ。似たような走行条件で,更に年式が2年ほど古い広電特注車の「スーパーミドル(塩害対策のためにリッド部分にアルミやFRPを使いまくり,確かに頑丈になったのはなったがその分銭がかかりまくってしまったという狂気の産物)」が未だにピシッとして走っているのを見ると,なんだかなぁ…という気持ちになってしまう。まぁ,アレが余りにも「規格外過ぎ」というのもあるとは思うが…
 ってなわけで,このグランデッカも今では結構な貴重品なので,写真を撮りまくる。芸陽モノコックと広電グランデッカだけで,合計100枚くらいを撮影する。これでバス絵を描く際に,当分困らないで済むだろう(笑)。。
 一応,廃部品販売コーナーも眺めてみるが,今回は特に目玉なモノが見つからず。珍しく一つも部品を買わないで終わる。新車展示コーナーでは広電のブルリシティワンステップと広バスのエアロノーステ,中国バスのさぬきライナー用グランデッカ(よー考えたら広電グランデッカと年式同じなのね,これ。にも拘らずこの状態の良さは…山陽道通過の中バスと中国道通過の広電の違いか),JR中国の大阪線用夜行DD,そしてボンバスの「ネコバス」こと,レインボー7Wが展示されていた。ボンバスの展示が会社設立当時の車だったのが少し残念だが(本当はRJワンステのエアサス車が見たかった),まぁ余剰車の少ないボンバスで「主力車」を出すのは流石にキツいのだろう。とりあえず目玉と言えるほどの車も無かったので(ホントならJR中国のDDは力一杯目玉なんだが…結構乗る機会あるし),適当に流して撮影して,その場を立ち去る。
 あぁ,一つ忘れていた。日デのCNGノンステのデモ車が展示されていた。呉市交通局が今度低公害車を導入するというアナウンスをしていたが,恐らくその関連だろう。一応は富士重ボデーを架装していたが,実際に導入される際は,西工B型を架装するのだろう。もし導入されれば,広島初の低公害車となる。導入が楽しみである。
 車輌撮影はこのくらいにしておき,続いてバス試乗である。芸陽のかぐや姫用セレガFSと広電市内線用ブルリシティワンステップ,そして広交のC−Tな直冷MSエアポートバスが試乗車として運行されていた。広交エアポートを目当てに並んでいたのだが,たまたま運良く一回目でこれが来たので,嬉々として乗る。
 ボデーはハイデッカでしかも西工C−T,関東で暮らしているとまぁ殆ど乗る機会の無い組み合わせだが,シャーシ自体は普段や夜行高速バスで乗っているエアロクイーンと同じKL−MS86MPである。違う点を挙げれば,直結冷房を搭載している点だろうか。
 で,乗り味だが…少なくとも,動力性能面で直冷搭載によるハンデを感じる事は無かった。まぁ,市街地の低速走行なのでそれも当然なのだが,エアコンをフル回転にしても走りには余裕が感じられた。出力はまぁHDってことで恐らく370ps仕様だろうが(HDで430ps仕様を選ぶのなんて広電だけだろう),取り敢えずはこれで充分だと思う。直冷搭載による室内屋根スペースの減少があるのかと思っていたが,巧く屋根上に全て収まっているようなので,これは安心であった。ただ,直冷ユニット用の室内エアインテイクが天井に開いており,それがやや不細工だったが…
 走りのほうは,車体の軋みも特に無く,しっとりとした乗り心地で基本的に快適であった。しかし,SHDに比べてエンジンと客室が近い所為か,エンジン音の存在感は普段SHDの静粛性に慣れている身にはやや大きめに感じられた。でもま,エアポートバスなんだから,こんなもんだろうって気もするが。
 そんなこんなで試乗も終わり,後は適当に買い物をする。まずは広島バスのブースでコーギーが写っているバスカードを発見したので,母親へのお土産にそれを1枚買う。んでもって,ボンバスのブースでこれまた場スカートを買う。今度は2枚である。それと,評判のボンバスチョロQも買う。なかなかかわいらしく,いい出来である。
 ってな感じで買い物をすると,まぁすることが無くなる。なので,とっとと家に帰る。でも,その前に一応紙屋町のメロンブックスに行き,なんか買う物無いかと物色する。
 すると,以前買い損ねていた「アンパンサーガ」を発見,手に取る。すると,店内BGMに流れるGOFの曲に気付く。ゲームでも流してるのかと思ったらそうではなく,ゲームには入っていなかったOPのロングverであった。ここで「…ひょっとしてCD出てるのか?」と思い,ちょっと探すと直ぐにCD発見。これまた手に取る。
 こんだけ持っとればもう買う物無いだろう…と思ったが,一応念には念を入れてってことで,小説コーナーに向かう。すると,とらハ3小説の新刊,那美嬢篇ハケーン。
 ……………。。。。。
 メロン,喧嘩売ってるか?これでワシに何をどーせーと?
 ……………………………。。。。。。。。。。。
 えぇ,手に取りましたよ,畜生(;_;)
 結局,値段はとにかく,品数ではバス祭りで買ったものより遥かに多くなってしまった。…こみけと同じじゃん,これじゃあ。
 なんだかなぁとボヤきながら,家路につくワシであった。
 
 夜は,敬老の日ってことでじーちゃんを家に呼び,家族で宴会。…なんか,昨日も来てたよな気がするんだが、まぁいいや(笑)。おでんを食らいつつ,日本酒を飲みまくり,酔っ払う。いい心持ちである。
 酔っ払って,明後日から学校であるという事実から目を背けるワシであった。
平成14年9月15日(日)

[ 東海道・山陽道中バス栗毛 ]
 今日は,朝から広島に向けて帰省した。床屋に行くためと,バスまつりに参加するためである。
 いつもとは違う「昼行高速バス乗り継ぎ」の帰省バス旅,何気に今回始めての試みだったりする。
 行程をざっと挙げてみると,0810時東京駅発1540時大阪駅桜橋口着「東海道昼特急1号」に乗った後,1650時大阪駅桜橋口発2119時アストラムライン中筋駅着「山陽道昼特急」に乗り,広島に帰るという感じである。
 この長時間のバス旅中,特に何をするということもないので,記録みたいな物をレポート用紙に書いてみた。以下に,それを丸々書いてみたい。
 
 0635 鶴川発
 0650 鶴川駅発
 0740 新宿駅発
 0755 東京駅着
 0810 東京八重洲口発(定刻)
         三菱エアロK DD(JRK)
          三菱エアロキング KC−MU612TA
          JR関東 D674−99502
           足立か200・・30
 0814 霞ヶ関IC(首都高)
         ※東名 横浜町田〜厚木で渋5km(表示6km・東京IC)
 0836 東名東京IC
 0847 渋滞
 0917 厚木IC・渋滞離脱
 0945 ツリバシ
 0948 足柄SA着(15分遅れ),10分休憩
 0958 足柄SA発
 1002 御殿場BS着
 1003 御殿場BS発
 1046 東京より150km
 1055 静岡BS着
 1056 静岡BS発
 1153 浜名湖SA着 15分休憩
 1214 エネオス浜名湖SAにて水噴射実施 サブ冷ラヂエタ故障,あぢぃ(--;→浜名湖SAで乗務員氏ずっと本社と問い合わせTEL。休憩無しの乗務,ご苦労様。
      ※1140頃から具合がおかしくなる
 1221 作業終了,再起動を試みるも,調子悪し。…サブ冷の弱点か(;_;)
 1224 サブ冷復帰…か?(たのむ,動いてくれ(;_;)
 1235 原因わかる。冷風口にシモがつき,つまったとのこと。(35分遅れ)→40分
      暫く高めの温度セッテイで運行,じきに温度下げるとのこと。
 1238 浜名湖SA発
 1242 三ケ日IC着,乗務員交代。東京行とスレ違う。
      H658−00424(西工C−T・行き先不明) D674−02501(エアロキング東京行き)
 1244 三ケ日IC発
 1258 豊橋辺りで新規参入社(宇都宮のらしい)のセレガFCがレンジャーとバトル,ぶちぬき。
 1300 豊橋料金所
 1411 養老SA着 「名古屋弁当」なるモノを買う。(みそをでん・チキンカツ・エビフライ・ミソダレ)
 1423 養老SA発
 1529 京都深草停車
 1620 トーチャク
 1650 大阪発 JR中国のエアロクイーン(MS86MP)
            新しい,だが仕様が…(汗
            カサを忘れたコトに車が出て気付く
 1711 中国道池田IC
        以下,山陽道をかなりトバす(1(ぴー)0km/h位…)
        「ケーサツイター」ってトコはきっちり減速。
        横風強いが,「風に負けないハートのかたち」で爆裂。
        でも途中で広電観光にブチ抜かれる。
        頼むから12m級HDでスラロームせんでくれ>広電
 1745 大雨
 1804 白鳥PA着
   1813 白鳥PA発
 1903 吉備SA着 乗務員交代
 1915 吉備SA発
 1955 福山SA発
 2005 福山SA着
 2105 中筋着
 
 とまぁ、こんなものである。………あー長かった。
 なんつーか,我ながら「…何やってんだろうなぁ」とか思うのだが,まぁそれは置いておいて。
 今回,JR関東の夜行用DD(東海道昼特急は夜行用車輌をそのまま使い回しなのだ)と,JR中国の昼行用SHDを乗り次いだわけだが…中々面白かったと個人的には思う。
 シートは,両者とも3列独立シートで,簡易フットレストバーとレッグレストがついた,最近流行の「お手軽夜行シート」である。が,これがなかなか座り心地が宜しい。クッションは高級シートよりもかなり薄いのだが,形状がしっかりしているためか,長時間座っても疲れないのである。
 ってな具合で,シートはぼちぼち良かったが,他の装備は両者ともかなり削ってあった。特にJR関東の車はそれが徹底しており,音楽サービスは勿論の事,給湯サービスまで廃止していた。一応導入時にはポットを装備しており,今もそれは残っているのだが,機能を停止させて「おことわり」の札がつけてあった。しかし,その札には「衛生状況の問題もあり云々」とか書いてあったのだが,これは明らかに嘘だろう(笑)。。
 ある意味それとは逆なのが,JR中国の山陽道昼特急車である。音楽サービスは廃止されているのだが(座席毎についているイヤホンジャックとかも最初から装備されず,これは別に問題ないと思う),給湯サービスは残されており,お茶のサービスは続行しているのである。
 音楽サービスは,MDだのが普及している現在において,最早「要らない装備」と言ってもいいだろう。しかし,飲み物サービスをそれと同列に考えていいものだろうか。途中に何回かSAでの休憩がある昼行便ならそのSAで何か買うというテもあるが,夜行ではそうも行かない。需要はそれなりにある筈なのだが,そういう物まで「経費削減」の名の下に廃止するのは,如何な物だろうか。無論,それに見合った運賃引き下げが実施されているのなら文句は無いのだが,JR関東のドリーム大阪号の現行の運賃を鑑みるに,首を傾げざるを得ない。
 確かに,バス事業者を取り巻く環境は年々悪化しているし,その中で少しでも採算性を上げようとする姿勢も,理解は出来る。しかし,そこに「利用者」が見えていなければ,どうしようも無いのではないだろうか。…まぁ,そのテのサービスを求める客は,ドリーム号ではなく,充実装備の民鉄組運行路線を使うのかもしれないが…
 でも,ここでひとつの重要なことに気付く。山陽道昼特急専用車のエアロクイーン新車,3列シートで中央階下トイレ・床下乗務員休憩室つきという「夜行仕様」で導入されているのだが,この仕様でも,この車はあくまで「昼行便専用車」なのである。まぁ,仕様が仕様だから直ぐにでも夜行運用できる車なのではあるが,昼行便専用車として考えると,この車,昨今では異常な程の「重装備車」なのである。恐らくは,慢性的満席状態が続くメイプルハーバー用の予備車という性格も帯びているのではないかと思うのだが,それにしても,相当に太っ腹な車種選択である。しかも,最近の高速バスでは省略されることが多い「おしぼりサービス」も,昼行便にも拘らず行われていたりする。JR中国のこの路線に対する気合の入れ方が伺われる話である。
 JR中国には,これからも頑張ってもらいたいと思う。
 
 んでんで。
 今回は,三菱製のDDとSHDに続けて乗ったのだが,両車の違いがモロに分かり,面白かった。
 DDの方は,KC規制最終モデルだったが,420ps仕様の8M21型(21リッターV8NA)が搭載されていた。平地では力強いのだが,急な坂にかかると流石に全備重量19t以上のGVWが祟り,5速に落とさないと上がれないという場面が結構見受けられた。この8M21型,エンジンとしてはSHDの物と全く同一であり,そのエンジンで3tは重い車体を引っ張ろうというのだから…まぁ,無理がかかるのも仕方ないと思う。これは,何れ発表されるであろう次期型にトラクターには搭載済みの8M22型(19リッターV8ツインターボ)の搭載が為されるのを,期待するしかないだろう。
 一方,SHDの方であるが…KL規制の車なので,同じ8M21でも430psにパワーアップされている。420ps時代でもSHDにはそれなりに余裕のあったエンジンなので,この新型においてパワー不足を感じる筈も無い。きつい坂でもどんどん加速する。サブエンジン冷房を搭載したSHDとしては,この程度のパワーがあればまず問題ないのではないだろうか。今後更にパワーアップするとすれば,それは直冷採用によるスペース効率アップとか,そういった部分に回されるのではないだろうか。とりあえず…現状だと,これ以上のパワーは要らないだろ…というのが,偽らざる感想であった。
 エンジンの感想はこのくらいだが,もっと顕著に差が現れているのが,ボデー剛性であった。これは,はっきり言ってSHDのエアロクイーンの方が遥かに上であった。それもそのはず,エアロキングはエンジン換装を経て最新の排ガス規制に対応した車となっているが,基本設計は1985年の発売当時のままである。それに対し,エアロクイーンが登場したのは92年。この7年の差が,ボデー設計にかなりの差異をもたらしている。大きな段差を乗り越えた時,エアロキングだと一瞬ボデーが撓むような印象があるのだが,エアロクイーンはそこでボデーがちゃんと踏ん張り,ちゃんとサスに仕事をさせているのである。基本的にはエアロキングもいい出来なのではあるが,設計年次の古さだけは隠しようも無い。全体的に,ワンランク下の走りになってしまうのである。
 まぁ,そのあたりは…何れ行われるであろう(と願いたい),エアロキングのフルモデルチェンジに期待するとしますか…
平成14年9月13日(金)

[ 相も変わらず大ヴァカなワタクシ ]
 ちゃりんこを買いに行く。
 こっちに引っ越してから大体1年半くらいになるが,この間,家の周囲を移動する際には全て移動手段として「足」,要するに徒歩で過ごしていたのだが…やはり,何か「更に高機動な足」が欲しくなったのである。
 「ならば,免許もってんだから原チャリでも買えばええじゃん」とかいう声が聞こえてきそうだが,それは無理なのである。まぁ,なんだかんだ言っても原ちゃはイニシャルコストもランニングコストも意外と馬鹿にならないからってのもあるが…それ以前に,「乗れない」のである。…あ,いや,別に重くて動かないって訳じゃなくて(最近の原付はワシが乗ってもちゃんと動くのだ,スゲェね),ただ単に「怖くて乗れない」だけなのである。
 …いや,どーも,あの「ケツの座りが悪」く,「ただ足をステップに載せておくだけ」の乗り物,怖くて乗れないのである。まぁ,慣れの問題なのかもしれないが,どうもアレだけはいかんと思う。怖くて気色悪くて仕方ないのである。自動車免許とる時は,過程の中にバイク講習があったので仕方なく乗ったが,あの時もよっぽど「ワシ,原付乗るつもりないんで,乗るのパスしていいですか?」と名乗り出るところだったのである(未遂に終わったが)。
 とまぁ,長々と書いたが,こんな具合で原付はダメなのである。これ以外といったら,もうチャリしかないのである(こんな道路が1車線しかない街を車で這いずり回る趣味は持っていない)。
 ってなわけで,チャリである。
 珍しく朝早く起きて(最近ずっと夕方起きだったのだ),神奈川中央交通のバスに乗って,近くのS×Lに向かう。
 あまり本数の走ってない路線なので,どうかなー…と時刻表を覗いた瞬間,バスがバス停に滑り込んでくる。三菱エアロスターのワンステップ,去年に大量導入された,MP35JMである。何気にこの型式には乗った事がなく,意外な偶然に少しだけ気分をよくする。
 室内は…まぁ,神奈中の文法に則った,何の変哲もない(でも一発で神奈中と分かってしまう)インテリアである。標準仕様導入前の最後のあがきというか,なんというか。。それでも,昔に比べれば相当「標準」になったものである。
 サスは,ニーリング機構つきのために,エアサスが初めて導入されている。この前年度の車まで,一般低床のリーフサス車だったので,格段の進歩という事になる。
 暫く待つと,車が動き始めた。日野ブルリシティのP11Cほどではないが,一応これもKL規制の車,6M70の騒音はちゃんと抑えられている。サスも,リーフの跳ねるような動きが無くなり,随分と快適になった。その分,ロールが目立つようになったが,ピッチングが割と少なめだったので,快適性を損なうという感じではなかった。でも,同じワンステップで比べると,矢張り日野ブルリシティのサスの方が,全体的に良く出来ているのではという気がする(昔から「日野の弱点は足回り」というのが定評だっただけに,これはなかなか面白い事だと思う)。無論,この三菱のワンステップエアサスが悪い出来という意味ではない。日産ディーゼルのUAワンステよりは遥かに出来のいいサスである(いすゞのも乗りたいんだけど…乗る機会が…今週末帰るときは,広電エルガ乗ってみるか)。
 ってーなコトを味わっていたらすぐ目的地に到着し,バスを降りる。で,向かうはS×L。…なんでホームセンターでチャリンコ買うんねん,って突っ込みが来そうな気がするが…「じもてぃ(「おねティ」ちゃうで)」では無いワシは,此処以外にチャリ屋を知らないのである(;_;)。
 で,店に向かう。敷地の入り口になんか「出口専用」とか書いてあるが,まぁこれは車用の標識だろう,天下の歩行者であるワシには関係無いのであるハッハッハッハ!
 …んで。。
 店の中に入り,店内を物色する(こう書くと,なんかスリみたいでアレやな)。で,チャリはチャリは…っと。あれ?ないやん。大体ホームセンターにはチャリンコの1台や2台置いてあるはずなのだが,無い。おっかしいなぁ…
 と思いつつ,店内をぐるぐる。おっかしいなぁ,チャリンコの後付け部品はあるのに…うーむ,おかしいなぁ…とは思いながらも,もし無かったらアレなので聞くにも聞けず,仕方ないから台所用の吸盤を一つ買う。
 とはいっても,このまま帰るのはアレである。せめてもの反抗として,「入口専用」と書かれたところから敷地を出ようとする。で,建物の裏に廻ったら…
 ちゃりんこ屋,ありました。
 …これはやはり,「出口」から入った報いなのでしょうか。。
 まぁ,気を取り直して,チャリ売り場の兄チャンに「ここのチャリ,すぐ持って帰れます?」と訊き,15分ほど頂ければすぐにとの事だったので,適当に27inの3段変速なフツーのチャリを購入する。お値段,13800えん。
 暫し店の中で暇を潰すと,「準備できましたー」とのアナウンスが入り,銭を払う。そして,外に置いてあったチャリに跨る。
 …で,ここで一つ何気に重要な事実に気付く。
 ワシがチャリに乗るのって,今の実家に引っ越す中3の終わり以来,要するに4年半振りだったりする(笑)。今の実家は山の上の団地なのでまずチャリに乗ることは無く,更にこっちに来てもチャリに乗らずじまいだったので,4年半ものブランクが出来てしまっていたのである。
 跨る直前にそのことに気付き,「大丈夫なんか?」という意識がドタマをよぎる。しかし,此処で更に「自転車は一旦乗れるようになるともう乗れなくなることは無い」という言葉も思い出す。とはいえ,自分に「世間一般の常識」が通じない事は,一応分かっているつもりである。はてさて,どーなのだろうか?…ってな事をドタマがウダウダ考えている間に,身体は既にチャリを漕ぎ出していた。
 …あ,ほんとにおぼえてるのね,こういうの。ちょっと感動(をひ。
 で,ちょっと乗っただけで昔の勘を思い出したのだが,同時に「昔と違う部分」を感じてしまう事もあった。
 中3の時に比べて,今のワシは(日頃の不摂生の賜物で)かなり体重が軽くなっている。従って,チャリの動きとか加速とか,そういったものの諸々も昔に比べて改善されているだろう…と思っていたら。なんか,昔よりも全然ダメになってやんの。
 まぁ,毎日江波の町を広電バス追っかけつつ爆走していたあの頃と比べるのはアレかもしれないが,それにしても,体力の衰えをはっきりと感じてしまった。昔は重いなりにも足の筋肉がぼちぼちあったために,力まかせに漕げばそれなりに走っていたのだが…今は,その「力任せ」すらも上手く出来なくなっていた。確かに,体自体それなりに細くなったが,何だかんだ言って一番落ちたのは,足の筋肉だったりするのである。曲がりなりにも昔はよく歩き,よく走る羽目に陥っていたので足の筋肉はそれなりにあったのだが,今はそういう機会も殆ど無く,衰えるままだったのである。
 チャリ購入によって行動半径が飛躍的に広まったのは嬉しいが,意外な形で体力劣化を実感してしまい,「嬉しさも中くらいなり」状態の,今日であったとさ,ちゃんちゃん。
 
 …まだ終わらんよ(笑)。。
 で,昼に,明日の出港を控えつつ,急遽代休が出た甚八が家に来る。そして,ウダウダし,夜は近くの回転寿司屋に行く。…が。
 そこで寿司を食ってる間に,夏の焼き大会で焼き機を貸してくれたkazzさんから電話が入るも,気付かず。昨日に引き続き,今日もまたkazzさんに空振りをさせてしまうという大失態。
 …kazzさん,ほんっとーに,申し訳ありません(;_;)
平成14年9月11日(水)

[ 衝撃ニュース!「体験作者こと”匿名希望”氏は,郷研管理人こと”長楽寺鶴川”だった!!」 ]
 …とゆーふーなコトが某掲示板に書かれているとの話を,チャットにて聞く。で,確かめにいったら…をを,書いてあるわ(笑)。。
 
 ……………。。。
 
 まぁ,誰がなんと言おうとワシ自身は別に構わんと思うけど,でもこりゃなぁ…幾らなんでも,余りに匿名希望さんに対して失礼じゃないかと思ったり(笑)。
 折角丁寧にHTML組んで,見やすいように見やすいようにと工夫している匿名希望さんなのに,こーんな乱雑な造りでしかも放置しまくりなページの管理人と一緒にされたら…匿名さん,泣きたくなるんじゃなかろうか(^^;。
 この日記等の”郷研な文”と,”体験EVA”が同じ人の手によるものなんて…普通はそう見えないと思うのだが,如何だろうか。
 っつーかだ,こんなイタいHP曝しとる人間が,小説書いたくらいでわざわざ「匿名希望」にするかね,と思うのだが…まぁ,人間の想像力とは斯くも素晴らしい物であったと(笑)。まぁ,ようついてけん世界ではある。
 
 とはいえ,余りにも「放置しまくり」なこのページ,流石にこのままだとやヴぁい。昨夜のチャットでも,体験の挿絵描きな香川人に「いーかげんに更新せんかい」と怒られたので,誤魔化すためにトップのバス絵だけを更新することにする。
 香川人曰く「ここの何処が”郷土”なんだ」とのことであったので,香川人に対するご機嫌取りも兼ねて,香川人の”郷土”である香川のバスを重点的に並べる事にする。
 因みに,まだ作業中(5日0022時現在)。今のところ,完成している車は5台。はてさて,トップページに並べる事のできるバスは,今晩中に何台になるのであろうか?
 
 それはそうと,(財)郷研聯盟も,移転後あまり経っていないのに既に35000を突破したようで。
 EVAの威力か,それとも「体験」の出来がいいからか,まぁ両方だとは思うけど…
 何もしとらん管理人ですが(「君臨せずに統治せず」な管理人を”管理人”と呼んでいいのか?という問題は無視),これからも宜しくお願いします〜とか,たまにはマトモな事でも言ってみたり。。
 
 あぁ,ガラじゃないわ(笑)。。
平成14年9月4日(水)

[ 遠い基地から辿り着いた 君はあの攻撃機B7A ]
 カラオケに「Shooting Star」って入ってないのだろうか,もし入ってるのなら,今度カラオケ行く機会があれば題名のように歌ってみたいものであるのだが,如何か。
 というよりか,そんなんばっかか,ワシ。
 
 ツマラン話はさておき。
 I'veの3rdアルバムに入ってる曲に「resolution of soul」っちう曲がある。個人的にこの曲が大好きで,日に数回は聴いている。
 で,この曲なのだが…KOTOKOさん作詞の歌詞,冷静に読んでみると結構凄いのである。ちと読んでみたい。
  『大切な人々のために 自分が何かを 今 救えるのならば』
 ふむ,いきなり結構深いところを突いて来ますな。はい,次。
  『この身体 引き換えにしてと 祈って 瞳を閉じたの』
 銭湯,基戦闘に赴く戦士の覚悟って感じですな。
  『空に光る南十字星』
 という事は,南半球かそれに近い南洋だろうか。
  『闇に迷う二人を 輝(て)らし出すよ』
 闇に迷う二人…輝らしだす…はて,はて…次。
  『眠り覚ます 君の口づけが 魂までそそいだ』
 「くちづけ」が「そそいだ」と,此処がポイントである。
 此処の「くちづけ」部分を,「弾着」と読み替えてみる。すると,『闇に迷う二人を 輝らしだすよ』というのは,恐らく探照灯,若しくは照明弾の事であろう。
 『闇に迷う二人』『輝らしだす』…そう,ここまで来ればもうお分かりであろう。この二人とは『サウスダコタ』と『ワシントン』の事であり,彼女等を『輝らしだ』しているのである。となると,この歌は誰の歌か。
 ≪"resolution of soul"は,戦艦霧島の歌だったのであるっ!!!≫
 この事は,以下に続くサビの歌詞を見ても明白である。
  『たとえ命を失(な)くしても 守りたいものがあるから』
 決意済み。
  『行く手を阻む嵐にも 立ち向かってゆけると誓う』
 まぁ,40サンチの砲を9門搭載した戦艦が二ハイである,巡洋戦艦改造の36サンチ8門なフネとしては,『嵐』も同然であろう。
  『幾千の時を越えて めぐり逢ったふたつの瞳(め)に ひとすじの希望の光を見つけたよ』
 霧島は,ご存知の通り,既に老朽艦であった。その今まで生きてきた『幾千の時』とも思える長い時間を『越えて』『めぐり逢った』『ふたつのの瞳(め)』――即ち,『米戦艦二隻が搭載した”電探”という名の”瞳(め)”』に,『ひとすじの希望の光を見つけた』のである。つまり,『霧島なら40サンチ艦二ハイ相手にしても勝てるぜぇ,ハッハッハ!!』という思いを表現しているのである。
 二番の歌詞も凄まじい,『運命(さだめ)を背負って ただ 生きてゆく事が いつの日か 本当の夢を見えないものにしていたね』だの『来世で逢う 約束を信じ』だの『別れを選ぶことさえ 大切って思えるよ 今は』だの,まぁ過激なのである。
 KOTOKOさん,貴女最高。まさか,此処まで狙い済まして歌詞を作成していたとは…恐るべき御仁である。甚八と二人でこの衝撃の事実に気付いた時は,流石の郷研会長と雑務長とはいえど,恐れおののいたものである。流石北海道,一味違うぜ,歌詞にしても。
 ここに,(財)郷研聯盟会長の名において,"resolution of soul"は戦艦霧島の歌であるコトを,世の中に宣言するものである。
 
 なお,上の記事において記載した事は,全て「事実確認を”一切行わずに””記憶だけを頼りに”書いた事」である。従って,上の解釈の一部に間違いがあろうがどうしようが,ワシの知ったことではないのである。
 
 っつーか,上で「ツマラン事はさておき」と書いているにも関わらず,何をつまらんコトを書いとる>ワシ
 
 あー,さてー(古)。
 甚八と町田に行き,ちょっとした買い物をする。奴は「エクセル・サーガ」のDVD3巻を中古で買い,ワシは「劇場板パトレイバー2」のDVDを新品で買った。
 で,家に帰ってPCで再生したのだが…何故か,上手く再生されない。何故だろうか。CDをDVDにぶっこんで再生してみると,ちゃんと再生する。っちうことは,ドライブ本体ではなく,DVDの再生ソフトに問題があるのだろうか。
 とはいっても,結局DVDのプレイヤーもあったりするので,少々PCで見れなくても”画面が小さいだけ”なので全然問題無いのである。やたぁ。
 …問題あるってば。
 
 それにしても,CPU温度が60度近いってのは,矢張り問題なのだろうかとか思ったり。CPU換装する前の”強力ファン時代”が爆裂に冷え冷えだっただけに,何気に不安だったりするのである。未だにPCの事はよく分からんワシだったりするのである,あぁ。
 まぁ,今までマトモに動いてきてるんだし,大丈夫なのかなぁとも思ったり(を
平成14年8月31日〜9月1日(月)




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